野口 沙織さんの新潟県厚生農業協同組合連合会 新潟医療センターのインタビュー|ナースフルの職場の魅力 大特集


育児が落ち着いたら、皆に恩返ししていきたい。

新潟県厚生農業協同組合連合会 新潟医療センター

野口 沙織さん 入職12年目

2歳児の母

地元の新潟で、地域医療に貢献したかった。

 埼玉県の専門学校を卒業したあと、新潟医療センターで看護師としてのキャリアをスタートさせました。もともと実家が新潟県だったため、就職先は地元の病院を中心に検討。学生時代に整形外科の看護研究をしていたこと、家族をガンで亡くしていたこともあり、そのふたつの領域で自分の技術と知識を活かせる病院を探していました。
 新潟医療センターは整形外科をひとつの強みとし、緩和ケアにも力を入れていたので、「ここなら私の目指している看護ができる」と思い入職を決意。2交代制、3交代制などの勤務形態を選択できるということもあって、「自分のライフイベントによって柔軟に働き方を変えられる」という点も大きな入職理由のひとつになりました。あれから12年が経ち、現在は急性期を脱した患者様が入院する療養病棟で勤務していますが、当時の想いと変わらず地域の人たちに貢献する毎日を過ごせています。
 寝たきりの患者様も多いので、主な業務は身体のケアや経管栄養など。ケアマネージャーや医療相談員といった他職種の方と連携することも多く、退院後の生活が上手くいくよう「自宅に手すりが必要ではないか」「玄関にリフトをつくっては?」と打ち合わせすることもしばしば。患者様の命を、退院後の暮らしにおいても支える。それが今の私の仕事です。

患者様の命のために、全力をつくしたい。

地元の新潟で、地域医療に貢献したかった。のイメージ写真

 入院して、療養病棟に来て、自宅に帰っていく。患者様が回復していく姿を見るのはやはり嬉しいですし、看護師としての大きなやりがいを実感できる瞬間です。ただ、何事もなく家に帰れるというわけではありません。寝たきりの方ともなると付きっきりで介護をする必要がでてきますし、退院後は施設を利用するという方も多い。どういったかたちであれ、ご本人とご家族の心に寄り添った看護をしていきたいです。そのためであれば私は全力を尽くしていきたい。
 以前、ご家族から「生まれ育った家で介護したい」というご要望を聞き、スタッフ全員でその望みを叶えられるよう奔走したことがありました。オムツの替え方や痰の取り方を学ぶ勉強会を開き、ご家族が介護に疲れたときには1週間、2週間ほど再入院していただいて休息が取れるように手配。ともに考え、ともに悩みながらご自宅での介護を懸命に支えていきました。来るべき時が来た際に、ご家族の方からいただいた「望む最期を送ることができました。ありがとう」という言葉は今でも忘れられません。
 看護師という仕事は、患者様の命、人生に深く関わる仕事。もちろん重圧を感じることも多いですが、その誇りを胸に今後も学び続けながら成長していければと考えています。

育児環境にも、同僚にも恵まれています。

患者様の命のために、全力をつくしたい。のイメージ写真

 今、私は2歳になる息子とともに、忙しくとも楽しい毎日を過ごしています。復職するときに不安がなかったというと嘘になりますが、新潟医療センターでは育児に励む看護師に対するサポートも親切丁寧で、比較的スムーズに職場復帰することができました。育児休暇後は子どもとの時間を考え、整形外科から時間外勤務の少ない療養病棟への転属を希望。勤務形態も、勤務時間が長い代わりに翌日が必ず休みになる二交代制に変更してもらいました。おかげさまで現在は子どもとの時間も大切にできていますし、なによりも上司がいつも気にかけてくれていて「最近、子どもの病気が流行しているようだけど大丈夫?」と声をかけてくれる環境も、母としてはありがたいと思っています。
 当院では子どもが急に熱を出したときも「大丈夫。気にしなくていいよ」と積極的にサポートしてくれますし、育児休暇や院内保育所といった環境だけでなく院内に根付く“助け合いの精神”にはいつも支えられています。今すぐは難しい部分もあるのですが、もうすこし育児が落ち着いてきたら、今度は私がみんなに恩返しできるようになっていきたい。当院のキャリアップ支援も活用させてもらいながら、プロとしての技術、知識に磨きをかけ、ゆくゆくは認知症の認定看護師として今以上に地域医療に貢献できる人材になっていけたらと考えています。

※2015年9月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございますので、予めご了承ください。

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