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インタビュー 私の転機 がんに影響を受ける人々の居場所を作りたい(前編)

最新ナースコラム > 現場インタビュー「私の転機」

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目の前のことに懸命に取り組むことが
次への発想と“出会い”につながる

国立がん研究センターの統計によれば、生涯でがんに罹患する確率は男性62%、女性47%と、およそ2人に1人の割合です。医療は進歩しているものの、長期にわたる治療、経済的な負担、再発への心配、残される家族のことなど、がんの可能性が疑われたそのときから、患者さんは多くの不安を抱えます。そんなときにそっと寄り添い、居場所となってくれる、それが「マギーズ東京」です。センター長の秋山正子さんに2回にわたってお話を伺いました。

認定NPO法人マギーズ東京
共同代表/センター長 秋山正子さん

姉のがんを機に訪問看護へ
「在宅」で家族と過ごす選択肢を

―秋山さんが訪問看護の道に進まれたきっかけを教えてください。

私は大学卒業後、産婦人科病棟で臨床経験を積みましたが、姉ががんになったことをきっかけに、訪問看護にギアを入れ替えました。姉ががんで余命1ヵ月と告げられたのは、1989年のこと。当時は「がん=死」というイメージが強かった時代でした。実際に姉のがんは転移性の肝臓がんで進行が早く、検査結果をみても治療は難しい状態でした。

「子どもたちとともに過ごしたい」という姉の願いを受けて退院を決めましたが、当時は在宅医療の制度が十分に整っていませんでした。それでも使える制度を組み合わせて、何とか在宅でケアを続け、姉は4ヵ月半、自宅で家族と過ごすことができたのです。

そんな姉の姿をみて、「これからは自宅で家族とともに、最期のときを迎えたい人が増えるのではないか」と感じ、92年から訪問看護の道へ、そして2001年にケアーズ白十字訪問看護ステーションを立ち上げました。

―その当時、在宅に戻るがん患者さんのケアの環境はどうだったのでしょうか?

がん治療は新しい抗がん剤や手術療法が開発され、放射線治療も重粒子線治療や陽子線治療などの新しい治療が導入された時期でした。がん治療は入院で行われることが常識だったものが、検査も外来、治療も外来、という時代に変わってきたのです。

そのなかで、患者さんによっては途中から緩和ケアの割合が増えますが、当の本人はというと、がんを“治す”ためにかなり無理をして外来通院を続けているわけです。外来中心となったことで医療者との接点が少なくなり、医療者側は“緩和中心”、患者側は“治療”、という認識にずれが生じたまま、ギリギリの時期まできてしまう。そして最期に「この先の治療はない」と言われて初めて訪問看護につながってくる方が多いのです。本人や家族としては放り出されたような気持ちでしょう。

外来通院ができていたわけですから、患者さんはADLを保てていたはずなのに、そんな失意の中で在宅に移行し、間もなく亡くなってしまうようなケースが多くみられました。

訪問看護の現場で感じたがん患者さんに必要な支援

―イギリスのマギーズセンターでの活動を知った経緯を教えてください。

外来通院でがん治療を続けている間にも訪問看護が利用できれば、自宅で看護師が話を聞くことができますし、家族の心配や不安にも対応できます。「自宅で最期まで過ごしたい」「ホスピスを利用したい」「自宅では不安だからケア付きの住宅に移りたい」など、希望に応じて多様な選択肢が提示できますし、生活の質(QOL)を最優先に考えたケアも提供することができます。

実際に訪問看護につながってきた方や家族からは、結果的に短期間ではあっても「家に帰ることができてよかった」と言っていただけることが多く、ほっとする気持ちもありました。しかし、一方で「訪問看護を利用する」という選択肢があることも本人や家族に伝わっていないことが多く、「何とかしなければ」という思いを抱えていました。

そんななか、2008年に、初めてイギリスのマギーズがんケアリングセンター(以下マギーズセンター)の試みを知りました。マギーズセンターは、がんに影響を受け、見失いそうになっている自分の力を取り戻す居場所でした。これこそが、外来中心のがん医療に変わっていくなかで、必要とされているものではないかと感じたのです。

渡英してマギーズセンターに見学に行くと、病院とは異なるゆったりした環境で、相談料は無料、そして専門職が医療的知識を持った友人のように横並びで丁寧に話を聞いている様子を見ることができました。もちろんなかには泣きながら話をされる人もいました。しかし、帰るときにはその表情はすっきりとしていたのが強く印象に残っています。マギーズセンターは、まさに「自分を取り戻す場」であり、こういう場所が日本にも必要だと感じました。

帰国後、私は雑誌の連載でマギーズセンターの試みを紹介したり、地域の講演会などでも話したりしてきました。講演を聞きに来てくれた新宿区の都営団地の商店街の方に声をかけていただいたのがきっかけで開設したのが「暮らしの保健室」です。

「暮らしの保健室」では、健康や医療、介護についての地域のみなさんの様々な相談に応じています。お茶を飲みながらゆっくりと過ごすことができる地域に開かれた場所で、そのコンセプトのもとになっているのはマギーズセンターです。

予約なしで相談料も無料
マギーズセンターの取り組みを日本で

―マギーズ東京の開設が実現した経緯を教えてください。

「暮らしの保健室」は地域のみなさんを中心に、様々な相談に応じていますが、がんになった人やその家族が気軽に立ち寄れる場が必要だという思いはずっと持ち続けていました。

そんなときに、現在一緒にマギーズ東京の共同代表を務める鈴木美穂さんが「暮らしの保健室」を訪ねてきてくれました。自身が乳がんを経験し、若くしてがんになった人たちの支援活動を続けるなかで、気軽に本人や家族が相談できる場が必要だと感じていたそうです。2014年の国際会議IEEPOに参加してマギーズセンターのことを知り、その後私が書いたマギーズセンターの紹介記事を読んで、私たちの活動を知って来てくれたのです。

その出会いから2年、マギーズセンターの開設に向けて準備を進めました。がんは治療費も高く、治療を受けるにあたって離職を余儀なくされる方もいますので、相談料は無料ということが特に大切です。その上、マギーズセンターは、すべて寄付で運営されています。私たちも試行錯誤で寄付を募りました。

資金集めに利用したクラウド・ファンディングでは1,100人から2,200万円の寄付が集まったほか、多くの方々にご支援をいただき、場所も期限付きではありますが、国立がん研究センターやがん研有明病院のちょうど中間に位置する江東区内に確保することができました。

振り返ると、「暮らしの保健室」の開設にあたっては、「自分も社会貢献がしたい」と、私たちに安価で場所を提供してくれた大家さんとの出会いがありました。また、「マギーズ東京」開設は、鈴木さんが私を訪ねてくれたことで大きく前進しました。毎日目の前のことに一生懸命取り組んできたことの先に出会いがあり、その縁がつながって今があるのだと感じています。

後編に続く)

認定NPO法人マギーズ東京
共同代表/センター長 秋山正子さん

聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)卒業後、臨床、看護教育に従事し、1992年に医療法人春峰会立白十字訪問看護ステーションで訪問看護を開始。医療法人解散後、2001年に有限会社ケアーズ(現:株式会社ケアーズ)を設立し、白十字訪問看護ステーションの活動を継承し、現在は新宿区と東久留米市で訪問看護・居宅介護支援・訪問介護の3 事業を展開。2011年に地域住民が集う健康や介護などの相談の場「暮らしの保健室」、2015年には看護小規模多機能型居宅介護施設「坂町ミモザの家」を開設。2016年からはがんに影響を受けるすべての人の相談支援の場「マギーズ東京」のセンター長も務めている

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