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現場インタビュー 私の転機 がん看護専門看護師に聞く(前編)

最新ナースコラム > 現場インタビュー「私の転機」

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急性期病院から在宅まで看護師が活躍する場は広がっています。
なかでも専門看護師は、その多くが大学病院や基幹病院で実践、指導や相談、教育、研究などを行っていますが、今後は在宅においてもその知識や経験を広く伝えていくことが求められるのではないでしょうか。
がん看護専門看護師で長く緩和ケアに携わり、2016年から在宅ホスピスのセンター長に就任したファミリー・ホスピス本郷台の小笠原利枝さんに、2回にわたってお話を伺います。

専門看護師は知識と実践を通して
ケアを広めて“新たな道を切り開く人”

ファミリー・ホスピス本郷台
センター長
がん看護専門看護師 小笠原利枝さん

緩和ケアへの関心から研究会に参加
実践に活かせることで学びの大切さを実感

緩和ケアに興味を持たれたのはどのような理由でしょうか?

私が看護師になったのは、高校時代に父が脳出血で倒れたことがきっかけでした。
看護学校卒業後、入職した横浜市立市民病院では脳外科病棟と外科の混合病棟に配属されたのですが、外科では終末期のがん患者さんのケアを担う機会も多く、数多くの看取りも経験しました。

当時はいまほど家族看護の概念がありませんでしたが、私はつらく苦しい思いをしている家族にも居心地のよい環境を作りたいと考えていました。
そんななか、プライベートでもお世話になっていた先輩に誘われたターミナルケア研究会に参加したところ、自分がやりたい看護、喪失体験をしている家族へのケアなどのヒントを得ることができました。
毎月勉強会に参加し、がん医療や緩和ケアの専門家の話を聞くことで、看取りのケアや死の捉え方など、多くのことを学びました。
例えば麻薬は何を使えばいいのかなど、勉強会で学んだことを日々の実践に活かすことができ、さらに緩和ケアへの関心が高まっていったのです。

専門看護師の資格を取られた経緯について教えてください。

看護師になって2年目のときに、看護師の友人の誘いもあって放送大学に入学しました。
学士の資格を取ろうと、看護師を続けながら5年で卒業し、最後の1年間は神奈川県看護教育大学校のがん看護教育課程にも通いました。

当時の横浜市立市民病院にはがん看護専門看護師もいましたので、私も専門看護師の資格取得に関心を持つようになりました。
ときを同じくして、横浜市が専門看護師を育成する事業を開始したため、私はその第1号として病院に所属しながら2年間、大学院に通うことができました。

終末期のがん患者さんと家族を支えたい
緩和ケアチームの運営の中心的役割を担う

病院はどのような役割を期待していたのでしょうか?

横浜市からは「大学院修了後に横浜市立港湾病院での緩和ケア病棟立ち上げに参加してほしい」と伝えられていました。
修了後に港湾病院に移ったのですが、その準備中、横浜市の方針で港湾病院の運営を日本赤十字社が行うことになりました(公設民営)。
市の職員として別の病院に移る選択もありましたが、私は終末期のがん患者さんの看護がしたい、緩和ケアをやりたい一心で日本赤十字社に就職することを決めました。

横浜市立みなと赤十字病院では、緩和ケア病棟の管理者となりましたが、管理者になる以上に実践を積みたいという気持ちが強かったため、当時の看護部長に緩和ケアチームの組織化を提案しました。
診療報酬が算定できる緩和ケアチームは、病院にもメリットがあり、何より患者さんによりよい緩和ケアを提供することができます。

当初は私と緩和ケア内科医、精神科医、薬剤師と4名のチームで活動をしました。
その後、がん性疼痛看護認定看護師や管理栄養士、理学療法士、臨床心理士、ソーシャルワーカーなど多職種が参加し、チームとしての活動が充実してきました。
患者さんに寄り添い、患者さんがそれまでの人生と現在を前向きに捉えられるようになる過程に関われることは、看護師としてのやりがいでした。
苦痛をやわらげ、最期まで患者さんの希望に添うケアを提供すること、そのために多職種が連携してチームで取り組むという経験は、私自身も成長を実感できました。
また、次第にほかの看護師にもこの経験をしてほしいと考えるようになりました。

「私はどうやって生きていくのか」を考え
20代から関心のあった在宅ホスピスへ

そのなかで、在宅ホスピスに移ることを考えたのはなぜですか?

ホスピス発祥のイギリスでは、がんに苦しむ人々をサポートする団体・マクミラン・キャンサー・サポートが、マクミランナースを派遣し、がん患者さんの在宅医療の支援を行っています。
それを知った20代のときから、いつか看取りを在宅で支える看護をやりたいと思っていました。

また、この先の私自身の生き方を考えたときに、このまま急性期病院で働き続けられるのだろうか、私はどうやって生き、どこで亡くなるのかなど、いろいろな思いが巡りました。
そんなときに今の会社から声をかけてもらい、在宅ホスピスの現場で働くチャンスをいただきました。

もうひとつは、専門看護師としての役割です。
専門看護師は、実践を重ねていくこと以上に、組織やその場を変えていく役割があると思っています。
何かを作って次に続く人に渡し、自らはまた新しい道を切り開いて、自分の知識や経験を伝え、その波を広げていくのが専門看護師ではないか、私はそう考えています。

長く同じ組織にいれば、自分の理想とする看護が実践でき、居心地もよいですが、いつしか組織全体が専門看護師に頼り、それが当たり前になってしまう懸念もあります。
看護師一人ひとりが考え、実践していく風土を作っていくためには、専門看護師が同じところに長く居すぎてはいけないとも思っていました。

次回>>在宅ホスピスに求められている看護と資格の活かし方


小笠原利枝さん
ファミリー・ホスピス本郷台ハウス
http://f-hospice-hgd.com/
1991年、看護学校卒業後、横浜市立市民病院に入職。97年に神奈川県看護教育大学校がん看護課程、放送大学教養学部卒業。2001年に北里大学大学院看護学研究科がん看護学分野を修了し、同年、横浜市立港湾病院へ異動(2005年に横浜市立みなと赤十字に移行)。同院で看護係長、看護師長を歴任し、2016年にファミリー・ホスピス本郷台ハウスセンター長に就任。現在、みなと赤十字病院に週1回勤務するととともに、日本赤十字看護大学兼任講師や岐阜県立看護大学、武蔵野看護大学、北里大学大学院非常勤講師も務める。

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